お金の勉強 / 第 5 回77 倍になって、3 分の 1 になって、ストップ高。同じ会社の話です。
営業利益は 28 倍、PER は 6 倍。それでも私は買いません。「安く見える」と「安い」がどう違うのかを、今日こそ分かってもらいます。
結論キオクシアは NAND 型フラッシュメモリの専業メーカー(旧・東芝メモリ)。2024 年 12 月に公開価格 1,455 円で上場し、2026 年 6 月 22 日に上場来高値 112,700 円まで約 77 倍になり、そこから 5 週間で 38,380 円まで落ちた。終値ベースの最高値 108,700 円(同じ 6 月 22 日)から数えて 約 65% の下落である。そして 7 月 31 日にはストップ高 46,500 円をつけた。決算は営業利益が前年同期の 28.3 倍、PER は 6 倍である。それでも投資を始めたばかりの人が最初に買う銘柄ではない。理由は「値動きが激しいから」ではない。この会社は、適正な値段を計算する方法が存在しないからだ。
このシリーズは、最近 NISA を始めたばかりのわたしが、疑問をそのまま先生にぶつける形で進めます。先生は正確ですが、口は悪いです。
この記事の位置づけ公表資料と報道にもとづく解説です。売買を推奨するものではありません。株価は執筆時点(2026 年 7 月 31 日)のもので、その後大きく変動します。
ニュースでキオクシアばっかり見ます。ストップ安とかストップ高とか。そんなに大事件なんですか?
大事件です。ただしあなたが思っている理由とは違う。この銘柄がいま面白いのは、値動きが派手だからじゃない。投資の教科書に載っている落とし穴が、全部いっぺんに現れているからです。
ええ。しかも今回は珍しく、答え合わせまでできる。教材として優秀すぎて、正直ちょっと感心しています。付き合ってもらえますか。
目次
そもそも何を作っている会社なのか
恥ずかしいんですけど、キオクシアが何の会社か知りません。
恥ずかしがることじゃない。知らないまま買う人のほうがよほど恥ずかしい。NAND 型フラッシュメモリを作っています。スマホやパソコンの中で、電源を切ってもデータが消えない部品です。
あ、それなら分かります。SD カードとか USB メモリの中身ですよね。
そう。もともとは東芝のメモリ事業で、2018 年に投資ファンドのベインキャピタル連合に売られ、「キオクシア」になり、2024 年 12 月に上場しました。名前は「記憶(キオク)」から来ています。
| 項目 | 内容 |
|---|
| 会社名 | キオクシアホールディングス株式会社(証券コード 285A) |
| 事業 | メモリ事業の単一セグメント(NAND 型フラッシュメモリ) |
| 売上の内訳 | SSD & ストレージ/スマートデバイス/その他(SD カード等) |
| 前身 | 東芝メモリ(2018 年にベインキャピタル連合が買収) |
| 上場 | 2024 年 12 月 18 日・東証プライム |
| 公開価格 | 1,455 円(初値は 1,440 円で公開価格割れ) |
| 配当 | 無配(2026 年 3 月期の年間配当 0 円) |
決算短信および上場時の公表資料より。
ゼロです。持っていても 1 円も入ってこない。利益は全部、工場と研究開発と借金の返済に回っています。メモリ工場は 1 つ建てるのに数千億円かかる世界なので、配る余裕がない。
株価が上がったところで売る。それだけです。つまりこの銘柄は、最初から最後まで値上がり益に賭ける話であって、「持っていれば配当が積み上がる」タイプの投資とは根本的に別物です。
なぜ 77 倍になったのか
Fig. 株価の軌跡
公開価格 1,455 円 → 2026 年 6 月 22 日に上場来高値 112,700 円(約 77 倍)→ 7 月 29 日 38,380 円 → 7 月 31 日 46,500 円。
77 倍ってすごくないですか。買ってた人がうらやましい。
その気持ちは正常です。ただ、なぜそうなったかを分解しないと、次に同じものを見ても気づけない。理由は 2 つあります。
1 つは上場したタイミングが、たまたま業界の不況の底だったこと。初値が公開価格を割ったのは、当時 NAND の市況が悪かったからです。要するに安いところから始まった。
もう 1 つが生成 AI。AI のデータセンターが大量の記憶装置を必要とするようになって、需要が急に増え、売る値段そのものが跳ね上がった。
不況の底で上場して、そのあと空前の好況が来た、と。
そういうことです。実力と運を分けて考えてください。会社は優秀ですが、77 倍のうちかなりの部分は「乗ったタイミング」の話です。
では、なぜ 5 週間で 3 分の 1 になったのか
理由が 1 つだと思っている時点で、もう間違えています。3 つ重なりました。順に説明します。
① 特許訴訟で約 370 億円の評決(7 月 16 日)
米テキサス州西部地区連邦地裁の陪審が、キオクシアと子会社に対し、衛星通信会社 Viasat の特許を侵害したとして約 2 億 2,900 万ドル(約 370 億円)の支払いを命じる評決を出した。翌 17 日、株価はストップ安になった。
まったく潰れません。この四半期の営業利益は 1 兆 2,700 億円。370 億円は 3% 弱です。しかも陪審の評決であって確定判決ではない。会社は控訴を含めて争う姿勢です。
金額の問題じゃなくて、想定していなかった問題だからです。市場が嫌うのは損失そのものより「知らなかった」という事実のほう。ここは覚えておいて損はない。
② 半導体セクター全体の急落(7 月下旬)
7 月 28 日には米半導体株安が波及し、キオクシアは 2 度目のストップ安。この時期、自作スクリーナーで半導体 23 銘柄を集計すると 5 日騰落率の中央値は −20.7% だった。マイクロン −23.0%、AMD −22.2% と米国勢も同程度下げている。
そう。業界まるごと売られた。こういうとき、個別のニュースを一生懸命調べても答えは出ません。「この銘柄が悪いのか、業界全体なのか」を最初に切り分ける。これは癖にしてください。
③ 大株主が完全に降りた
2018 年に東芝メモリを買収したベインキャピタルは、上場後に段階的に持ち株を減らし、2026 年 7 月、幹部が「現在はもう株式を保有していない」とブルームバーグに明かした。8 年にわたる投資からの完全撤退である。
これって悪いニュースなんですか? ファンドが売っただけですよね。
善悪の話じゃない。需給の話です。大株主が売っている間は、市場に売り物が出続ける。それに、その会社を一番よく知っている株主が全部売ったという事実は、解釈のしようがいくらでもある。
実際には計画的なエグジットで、ファンドとは元々そういうものです。ただ市場は好意的には読みません。事実と、市場がその事実をどう読むかは、別物だと思っておいてください。
決算は、文句なしに良かった
7 月 31 日に決算が出たんですよね。悪かったんですか?
とんでもない。ここ数年で見ても屈指の内容です。正直に言うと、私も数字を見て一瞬言葉に詰まりました。
| 項目 | 前年同期 | 今回(2026年4-6月) | 倍率 |
|---|
| 売上収益 | 3,428 億円 | 1 兆 7,671 億円 | 5.15 倍 |
| 営業利益 | 449 億円 | 1 兆 2,700 億円 | 28.3 倍 |
| 純利益 | 183 億円 | 8,422 億円 | 46.1 倍 |
| 1 株当たり利益 | 33.90 円 | 1,539.91 円 | 45.4 倍 |
| 自己資本比率 | 37.9%(3 月末) | 50.8% | +12.9 pt |
2027 年 3 月期第 1 四半期決算短信より。倍率は筆者算出。
営業利益 28 倍!? 1 年で 28 倍って何が起きたら起きるんですか。
売る値段が上がった。それだけです。会社の説明は「生成 AI 用途を中心としたデータセンター向け需要が旺盛に推移したことによる平均販売単価の大幅な上昇」。
そこに気づいたのは偉い。数量も増えていますが、主因は単価です。同じ物を、去年より高く売れている。この違いは決定的に重要なので、あとでもう一度やります。
3 か月で借金を 4,332 億円返しました。それで自己資本比率が 37.9% から 50.8% に飛んだ。財務という意味では、この四半期でほとんど別の会社になっています。
ここが本題 — 「PER 6 倍なら激安では?」
調べたら PER が 6 倍でした。授業で「PER 15 倍が目安」って習ったので、これむちゃくちゃ割安じゃないですか?
……はい、来ました。その質問をしてくれたので、この記事を書いた意味があります。
違います。そして間違え方が完璧です。同じ株価で PBR を計算してみてください。
そうです。PER 6 倍は激安、PBR 10.6 倍は激高。同じ会社の、同じ株価から、正反対の答えが出た。この 2 つが並んだとき、何が起きているかを説明できますか。
できなくて普通です。ここが今日の山場なので、ゆっくりいきます。
Fig. 市況産業では PER が逆さまに動く
好況期は利益が膨らんで PER が小さく出る。不況期は利益が消えて PER が大きく出る。安定企業とは逆になる。
PER は「株価 ÷ 1 株当たり利益」。分母は利益です。ということは、利益が一時的に膨らめば、株価が同じでも PER は勝手に小さくなる。
そう。PER が 6 倍まで下がったのは、株価が安いからじゃない。利益が異常に大きいからです。
PBR の分母は純資産、つまりこれまで積み上げてきた財産です。利益は 3 か月で 28 倍になれても、財産は 3 か月では 28 倍にならない。だから PBR は高いまま残る。
……なるほど。低い PER と高い PBR が同時に出るのは、利益だけが急に膨らんだサインってことですか。
それです。いま、かなり大事なことを自分の言葉で言いました。メモしておいてください。
低 PER × 高 PBR は、「割安」ではなく「利益がピーク付近にあるかもしれない」という信号である。
あります。私は下がるとは言っていません。分からないと言っています。そこは混同しないでください。
ただし判断材料が 1 つある。会社自身が通期の見通しを出していない。
出してないんですか? あんなに good な決算なのに?
出していません。開示は半年先までです。短信にはこう書いてある。「半導体メモリ業界では事業環境が短期間に大きく変化する特徴等があることから、年度計画値の記載は省略」。
誠実なんですよ、これは。出せない数字を出すほうがよほど不誠実です。ただ投資家の立場からすると、意味は 1 つしかない。作っている当人ですら、1 年先の利益が読めない。
市況産業(シクリカル)という言葉を覚える
こうした「値段が波打つ商品」を扱う業界を市況産業(シクリカル銘柄)と呼ぶ。
- 半導体(キオクシア、東京エレクトロン、SUMCO など)
- 海運(運賃で利益が数十倍に振れる)
- 鉄鋼・非鉄(原料と製品の価格差で決まる)
- 石油・資源(原油価格に丸ごと連動する)
自分で売値を決められないこと。市場の相場で決まります。相場が良ければ笑いが止まらず、悪ければ一瞬で赤字。
「今年の利益」を来年に当てはめてはいけないという点です。ふつうの会社なら、今年 100 億円稼いだら来年も 90〜110 億円くらいだろうと置ける。市況産業では、今年 1 兆円で来年 1,000 億円が普通に起きる。
成り立ちません。それが私が「適正な値段を計算する方法が存在しない」と言った意味です。実際、キオクシアは前年同期の営業利益が 449 億円でした。今回が 1 兆 2,700 億円。どっちの数字で計算しますか?
……どっちで計算するかで、答えが 28 倍変わる。
シクリカル銘柄の教科書的な鉄則市況産業は「PER が高いときに買い、低いときに売る」と言われます。直感と真逆ですが、理由はここまで説明したとおりです。PER が低い=利益がピーク=天井が近い可能性、PER が高い(あるいは赤字で計算不能)=利益が底=底値圏の可能性、という関係になるためです。ただしこれは「いつ反転するか」までは教えてくれません。
自社株買いと株式分割は買い材料?
決算と同時に自社株買い 8,000 億円と株式分割も発表されたそうですね。これは good news では?
どちらも悪い話ではありません。ただし読み方に罠があります。
自社株買い — 見出しの「5.5%」は成立しない
開示された枠は上限 3,000 万株(発行済株式総数の 5.5%)、かつ上限 8,000 億円、取得期間は 2026 年 8 月 3 日から 10 月 30 日まで。
上限が 2 つあるときは、先に引っかかるほうが本物です。8,000 億円 ÷ 3,000 万株 = 26,667 円。つまり 3,000 万株買えるのは、平均 26,667 円以下で買えた場合だけ。
8,000 億円 ÷ 46,500 円 = 約 1,720 万株。発行済の……3.1% くらい?
正解。見出しの 5.5% は、今の株価では実現しません。ニュースが「5.5% の自社株買い」と書いても、それは上限の片方だけを読んだ数字です。
株式分割 — 価値は 1 円も増えない
2026 年 9 月 30 日を基準日として、1 株を 3 株に分割する(効力発生日は 10 月 1 日)。
株数が 3 倍になって、1 株の値段が 3 分の 1 になります。合計は同じ。1,000 円札を 3 枚の 333 円に両替しても、財布の中身は変わらないでしょう。
買いやすくするためです。日本株は 100 株単位が基本なので、46,500 円なら 1 単元 465 万円。新卒のあなたには無理です。
そこに気づけば十分です。ちなみに東京証券取引所が望ましいとしている投資単位は50 万円未満。3 分割してもまだ 3 倍の距離があります。会社も開示文で「引き続き検討」と書いていました。
で、初心者は買っていいのか
私は買いません。あなたにも勧めません。ただ「危ないから」という雑な理由ではないので、そこは正確に受け取ってください。
- 適正な値段を計算する方法がない。利益が 449 億円と 1 兆 2,700 億円の間を往復する会社に、PER 15 倍という物差しは当たらない
- 会社自身が 1 年先を出していない。拠り所が半年分しかない
- 配当がない。下がっている間、何も受け取れないまま耐えることになる
- 1 単元 465 万円。分割後でも 155 万円。1 銘柄にこの金額を置ける資産規模の人向けの株です
実はこれが一番大事です。仮に 155 万円を投じて 65% 下げたら、100 万円が消えます。新卒の年収を考えてください。それは「相場を学ぶ授業料」の額じゃない。
それでいい。ただし今日の話は無駄になりません。PER が低いのを見て反射的に「割安だ」と思わなくなった。これは一生使えます。
そしてその利益が何で増えたのかを見る。数量なのか、単価なのか。単価なら、それは戻ります。
あなたが 77 倍の話を聞いても飛びつかなかったからです。それができない大人が、いま結構な数で含み損を抱えています。
今日のまとめ
- キオクシアは NAND 型フラッシュメモリの専業メーカー。旧・東芝メモリで、2024 年 12 月上場
- 公開価格 1,455 円 → 2026 年 6 月 22 日に上場来高値 112,700 円(約 77 倍)→ 7 月 29 日 38,380 円(終値ベースの最高値から −64.7%)
- 下げた理由は 3 つ。特許訴訟の評決・半導体セクター全体の急落・大株主の完全撤退
- 決算は営業利益が前年同期の 28.3 倍。訴訟引当 366 億円を引いた後の数字
- PER 6 倍・PBR 10.6 倍。この組み合わせは利益がピーク付近にある信号
- 市況産業では PER が低いほど天井が近いことがある。安定企業とは逆
- 自社株買いは金額の上限で読む。株式分割で企業価値は変わらない
- 初心者が避けるべき理由は、値動きではなく「適正価格を計算できないこと」
いい決算を出した会社と、いま買っていい株は、別の問いである。これが分かっていれば、この先どんな銘柄の前でも落ち着いていられる。
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よくある質問
- キオクシアはどんな会社ですか?
- NAND型フラッシュメモリを製造する専業メーカーです。旧・東芝メモリで、2018年にベインキャピタル連合が買収し、2024年12月18日に東証プライムへ上場しました。事業はメモリ事業の単一セグメントで、SSD&ストレージ、スマートデバイス、その他に分かれます。配当は無配です。
- キオクシアの株価はなぜ77倍になったのですか?
- 2026年6月22日の上場来高値112,700円は、公開価格1,455円の約77倍です。理由は2つあります。1つは上場時期がNAND市況の不況期にあたり、初値が公開価格を下回る安い水準から始まったこと。もう1つは生成AI向けデータセンター需要の急増で販売単価が大幅に上昇したことです。
- キオクシアはなぜ5週間で3分の1になったのですか?
- 6月22日の上場来高値112,700円(終値108,700円)から7月29日終値38,380円まで、約65%の下落です。3つの要因が重なりました。7月16日の特許訴訟で約370億円の陪審評決が出たこと、7月下旬に半導体セクター全体が急落したこと(23銘柄の5日騰落率は中央値−20.7%)、そして大株主だったベインキャピタルが保有株を全て売却したことです。
- PER6倍のキオクシアは割安ではないのですか?
- 割安とは言い切れません。同じ株価でPBRは10.6倍です。低PERと高PBRが同時に成立するのは、利益が一時的に大きく膨らんでいるときに起きる形で、市況産業のピーク付近によく現れます。キオクシアの増益は主に販売単価の上昇によるもので、市況が反転すれば利益は縮みます。
- 投資初心者はキオクシアを買ってもいいですか?
- 推奨できません。理由は値動きの大きさではなく、利益が449億円から1兆2,700億円の間で振れる会社には適正株価の計算方法が存在しないことです。加えて会社自身が通期見通しを開示しておらず、無配であり、1単元(100株)が465万円(株式分割後でも155万円)と、初心者が1銘柄に投じる金額として現実的ではありません。
出典
- キオクシアホールディングス「2027年3月期 第1四半期決算短信〔IFRS〕(連結)」(2026年7月31日開示)
- キオクシアホールディングス「株式分割及び株式分割に伴う定款の一部変更に関するお知らせ」「自己株式の取得枠設定に関するお知らせ」(同日開示)
- 日本経済新聞「キオクシアが上場、初値1440円 公開価格を下回る」(2024年12月18日)
- ITmedia「キオクシア、約370億円の支払い命令に『到底容認できない』 控訴含む法的手段へ 米特許訴訟で」(2026年7月17日)
- Investing.com「ベインがキオクシアの全保有株を売却、幹部がブルームバーグに明かす」
- 株価はYahoo!ファイナンスおよび株探の公表値(2026年7月31日時点)
- 半導体セクターの騰落率は自作スクリーナー KAIRI による集計(2026年7月30日時点、23銘柄)
本記事は公開情報にもとづく個人の解説であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。制度・手数料・ポイント還元の条件は改定されることがあります。実際のご判断は必ず金融庁・各運用会社・各証券会社の最新の公式情報をご確認のうえ、ご自身の責任でお願いいたします。
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